脳と音楽  ラヴェル ガーシュイン

岩田誠、というと臨床神経学の教科書を沢山書いている先生だが、こんな本も書いていたのね、と。
楽家の脳を対象に、音楽する脳を探る。

脳と音楽

脳と音楽

言葉の障害は、いわゆる失語症として外傷や脳血管障害によって脳が器質的に(物理的に)傷を負う事態に陥って生じてくる。特に発話と理解とは担う部位が異なっている(Broca野とWernicke野)ことはよく知られているが、一方で、音楽がどのように脳の中で処理されるのかに関してはわかっていることが少ない。言語能力は少なくても1つ、誰でも習熟している能力であり、それほど能力差が目立たないのに対し、音楽能力は言語に比べると、その習熟度に著しい個人差があるため、担う脳部位を特定しようにも条件をコントロールしにくいという難点がある。また言語に比べて構成要素が多岐にわたり、何をもってして「音楽能力」というのかにも異論が生じやすい。そこで「音楽を担う脳」を推測するにあたり、参考になるのが、「プロ音楽家」が障害を負ったときにどうなるか、である。プロの演奏家であれば病前の能力に関してはかなり統制されたものになるだろう。

そんな風に脳を見ると、よく「言葉は左半球、音楽は右半球」などと言われるが、実際に音楽家の脳では左半球も含めて発達している。特に大指揮者ハンス・フォン・ビューローや著名なヴァイオリニストや声楽家では各回・縁上回と呼ばれる部分(下図囲み:右半球外側だけど)が発達していたようだ。

脳機能画像であるPETやfMRIによれば、素人さんと音楽家などで楽譜を見たときに賦活された領域がどう違うかなんてこともわかる。それによると、やはり両側の縁上回付近は強く賦活されるようだし、音楽家だけで右後頭葉外側部が賦活されるという報告もある。

個人的には音楽家というのは自分のような素人と違って、楽譜を文章を読むかのように、つまり言語的に理解するように読めるのではないかとずっと思っていたのだがどうなんでしょうか。


ラヴェルは1926年以後精神活動の変化を感じ「もうろくしている」と知人に書き送っている。徐々に書字障害が出始める中、1928年にボレロを完成させたが、楽譜を書いたり読んだりすることは次第に出来なくなった。「頭の中は音楽でいっぱいなのに」それを表出できなくなったのだ。一方で、言語の理解は保たれ、行動的に異常を来すことはなかった。著者はラヴェルの症状、担当した医師の記載などから「全般性痴呆を伴わない緩徐進行性失語症(Slowly progressive aphasia without global dementia、現在はPrimary progressive aphasiaと呼ばれることが多い)と診断していて、その診断に至る過程はミステリーを読むかの様。ラヴェル研究家と会ったときに診断が一致したときの喜びなど、神経科医師らしさが窺える。ともあれ、ラヴェルの作曲活動は次第に衰え、1937年、62歳で開頭術を受けた後意識を回復しないまま1週間後に世を去る。

同年ガーシュインアメリカで脳腫瘍のため世を去った。やはり開頭術を受けた後だったがこちらは既に手の施しようもないほどだった。右側頭葉に大きな腫瘍があり、組織診断では現代で言うとglioblastoma multiform、もっとも悪性のやつだ。ジャズとクラシックを融合し、波に乗っていたが、突然のてんかん発作、指揮、ピアノ演奏の失敗などに支障を来していたらしい。

ボレロ~ラヴェル:管弦楽曲集

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ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー

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