妻を帽子と…
リーマン予想について知りたくて買ったはいいけど、中断中の「素数の音楽 (新潮クレスト・ブックス)」の第一章には、素数でコミュニケーションする双子の自閉症兄弟のことが出ていて、ひどく印象的だった。その兄弟は片方が素数を口にすると(6桁!)、もう片方がそれを味わい、素数であることがわかると、今度は別な素数を交換する。
この話はオリバー・サックスの「妻を帽子とまちがえた男 (サックス・コレクション)」の中にあるというから、そのうち手に取ってみようと思っていたら、大学図書館にあったので借りてみました。
サックスは、映画「レナードの朝 [SUPERBIT(TM)] [DVD]」の医師モデル、原作で有名。映画は1990年公開当時すごく話題になって、嗜眠性脳炎の患者がサックスの(映画ではセイヤー医師)のL-dopa投薬によって30年ぶりに意識を回復し、しかし次第に効果が薄れ、また眠ってしまう、という実話を描いていてとても感動的。ただ、原作を読むときれい事だけでなく、主人公の性的逸脱行動とか、結構生臭い話も多くて現実の過酷さが印象に残ったことを覚えているけど…。
ともあれ、「妻を帽子と…」の中には例の双子の話が出てくる。サックスは1966年州立病院で彼ら26歳のジョンとマイケルに出会っている。大部分の自閉症患者は精神発達地帯でもあり、一般的な生活能力は無きに等しい、が中にはイディオ・サヴァンといってある一分野に限って特異的に能力を発達させた天才が存在する。
その双子もサヴァンで、驚異的な記憶力を持っている(このことは、記憶力は頭の良さのごく一部を担っているに過ぎないことも示していると思うけど)。過去のどの日付でも何曜日か即座に当てるカレンダー計算もできるし、その日に何があったのか、経験したことなら何でも答えることができてしまう。
数に関する特異的な能力を持ちつつ、計算は簡単な加減乗除もできないのが驚異的なのだが、ある時サックスは、マッチが床に落ちたとき、彼らが即座に「百十一」と叫び、次に「三十七」と3回つぶやいたことに注目する。計算のできない彼らが素因数分解を瞬時にやってのけている。おまけに百十一というのは、数えたのではなく、その数が「見えた」のだという。
そんな彼らが部屋の隅っこでやっていたのが「素数ゲーム」。サックスは仲間に入ることを決め、8桁の素数を口にする(もちろんサックスは素数表を見ている)。すると2人は押し黙り、身動きしなくなり、そして突然同時ににこりと笑った。素数であることに気付いたのだ。そして彼らは桁数を上げながら素数を口にし、最後には20桁の素数まで答えてしまう。もちろんそんな大きな数は素数表には書いていない。
後日、彼らはお節介な医療者によって離ればなれの方が社会性が身に付くと考えられ、別々の施設に収容された。2人で無くなった兄弟からはあの驚異的能力が消え失せてしまったという。
ちなみに本の表題は顔貌失認(人の顔が認識できなくなる)に陥った音楽教師がサックスの診察室から出て行こうとしたとき、帽子をかぶるつもりで、妻の頭を掴んだことに由来する。
脳の機能障害は様々な症状を引き起こして、悲劇的なことも多いが、時にユーモラスで、その機能障害と向き合う姿は感動的でもある。
ところで、サックスは随分と個々の症例に時間を費やしている。一体どうやって暮らしていたの?いや、今は著述業だけで十分な収入もあるだろうけど…。
- 作者: オリヴァーサックス,Oliver Sacks,春日井晶子
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