記憶の改変

東野圭吾パラレルワールド・ラブストーリー」を読む。

パラレルワールド・ラブストーリー (講談社文庫)

パラレルワールド・ラブストーリー (講談社文庫)

主人公崇史は親友智彦の恋人として紹介された麻由子を見て息をのんだ。学生時代通学に使っていた電車で毎日見ていた顔だったからだ。惚れてはいたものの、言い出せず、結局そのままだったその彼女を紹介されて、心を奪われる。そして、親友の恋人ではあっても好きであることを抑えられない。
という恋愛話を、主人公3人の所属する研究所での研究(ヴァーチャルリアリティ)と絡めながら進行させていくミステリー。
自らの認識する世界がある出来事からガラガラと崩れていくその恐怖感、当たり前の日常が当たり前でなくなった瞬間、信じていたものが目の前から消えていく絶望。
鍵となるのは「記憶の改変」。


最近自分が付き合ったある人との関係においては正に、今日も昨日と同じような日常が続いていくと確信していた時に、あっという間に瓦解する瞬間を味わったので、主人公の困惑には思い切り共感したりする。



が、記憶の改変、ということに関していえば、このストーリーに絡められるほどではないにしろ、現実には簡単に起こりうることである。


エリザベス・ロフタスはアメリカの高名な心理研究家だが、数多くの実験で人間の記憶は余りにも曖昧で、ごく短時間前の記憶ですら容易にねつ造した記憶を植え付けられることを示している。
ロフタス自身の本でいえば、これは面白い。

目撃証言

目撃証言

最近の本、「心は実験できるか」では、著者自身は嫌悪感を持っているようだが、ロフタスがどのように記憶を改変し得たのかを簡単に紹介している。

心は実験できるか―20世紀心理学実験物語

心は実験できるか―20世紀心理学実験物語

実をいうと、ロフタスは最近流行の心的外傷を巡る論争で随分名前が知られたのではないかと思う。
PTSDの原因としては性的虐待が被害者とされる女性によって数多く証言されるが、実はその証言、医原性に作り上げられたものも多い。
それを告発したロフタスの本としてはこれ。

抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって

抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって

さらに、自らの娘によって偽りの性的虐待(娘達はかたくなに実際にあったことだと信じているが…)を思い出され、刑に服しているイングラムの悲劇を書いたノンフィクション。

悪魔を思い出す娘たち―よみがえる性的虐待の「記憶」

悪魔を思い出す娘たち―よみがえる性的虐待の「記憶」

実際の所、心的外傷の原因として虐待が告発されたケースにおいてその証拠は不確実なものも多い。しかし、不確実ではあっても、「思い出したのだから」事実なのだ、という記憶に対する強固な信頼を人間は抱きやすいようだ。
果たして、「虐待の事実を抑圧し、何かのきっかけで怒濤の如く思い出す」映画的展開というものが本当にありうるものなのか、と私は懐疑的である。

ちなみに、ロフタスの論敵はハーマン。
この著書が代表作。

心的外傷と回復 〈増補版〉

心的外傷と回復 〈増補版〉

治療という面においては、記憶によって苦しむ患者の助けとなるために尽くすのはよいが、それと全ての言葉を信じるのはまた別問題であると思うのですけれどね。