ノラや

先日知人に内田百輭を勧められ、何か一冊…と思っていたら題名に惹かれたので買ってみる。

ノラや (中公文庫)

ノラや (中公文庫)

ある日迷い込んできた一匹の野良猫。その野良猫は一匹の雄猫を残して去ってしまう。それが「ノラ」。この本の題名は「ノラ(ちゃん)や」と呼びかけているのだ。


元々猫好きでもなかった百輭先生夫婦は、この普通の三毛猫にぞっこん惚れ込んでしまい、いつの間にか無くてはならない存在にしてしまう。ところが、1年半も経った頃、盛りのついたノラが家を出て行ったまま、帰ってこない……ここまで36ページ。


その後はもういつまでも、「ノラノラノラノラノラ…」と百輭先生は帰ってこないノラのことをひたすら案じ、涙にくれる。本当にどこまでもノラのことばかり考えて仕事も手につかず、風呂にも入らず、ただもうノラのことを思い出しては泣いてばかり。
警察に連絡し、知人に頼み、新聞に探し猫の広告を出し、外人が拾ったかしらと英語でも出す。しかしノラは帰ってこない。


ノラが去って1年余、ノラに姿の似た野良猫が1匹迷い込む。ノラのことを案じつつも今度は彼に「クルツ」と名付け、百輭先生、始めはノラとはここが違う、あそこは違うとなかなかクルツを素直に受け入れないが、ついにはクルツのいる生活を愛おしみ始める。しかしそのクルツも…。


うーん、読んでいて愛犬が死んだ時を思い出し、結構辛かった。
しかしそれにしても百輭先生の嘆きは凄まじい。第三者の目からはその凄まじさにかえって可笑しさを覚えてしまうほど。でも突然生活に割って入ってきて、自分になつき、愛情を注いだものが消えてしまう時って、本当に悲しいですよね。

終章の最後の文章が好きだな。

「寒い風の吹く晩などに、門の扉が擦れ合って、軋む音がすると、私はひやりとする。そこいらに捨てられた子猫が、寒くて腹が減って、ヒイヒイ泣いてゐるのであったら、どうしよう。ほっておけば死んでしまふ。…(中略)…風の音だった事を確かめてから、ほつとする。」


内田百輭だと随筆から読むのが本当は良かったのかな。

百鬼園随筆 (新潮文庫)

百鬼園随筆 (新潮文庫)